王道愉楽記

愉楽とは、「深い喜びを味わうこと。心から楽しむこと。」や(大辞泉参照)、王道とは、「これまた道のど真ん中を歩くと言う、人生感」や。 黙っていても辛いこと・大変なことはあるもんじゃけ、自ら真っ直ぐ喜びを心から楽しむ人生を送ろうやないか!

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DV  壊れた子どもの心はどこへ行ったのか?



今日は一門の元代貸、今は何だろう?の誕生日だった(笑)

「何歳になった?」

の問いに、

「38になりました」

とまったくもって不埒な答えを返す兄弟のギャグのセンスには、いつも癒しをもらっておるねぇ

良き「歳」をおくってほしいものだがね


そう、DV

そのDVの中でも最も凄惨な印象を与えるものと言えば、やはり「子ども」を対象にしたものであろう・・・

人はネガティブなものから目を背けがちだが、奥とも話す「児童虐待」は件数も中身も増すばかりのようである


でも、何も昔はなかったわけではなく、ただ表面にあがってこなかっただけなんだろうがね

その中の一人の子どもの話なのだが、小学校に上がって間もなく両親が別居してしまい、親戚の間をしばらく転々としていたそうな

学校にも行かず、ようやく学校に行けるようになったのも、死んだと聞かされていた母親が親戚の伯父さん夫婦に預けられていた「子ども」を迎えに来てからだったのだが、甘えたい幼少期に母親に甘えられなかった子どもの、その時の心境は言葉にできないものであったと言う・・・・・

しかし、本当の悲劇はある意味、その母親との再会から始まったとも言えた

歳を重ねるごとに893の実父の遺伝子のせいか、かなり危険な香りを醸し出していった子どもの将来を憂いた母親が、ある宗教にはまっていく

何か、それこそ何かのドラマか小説か?って感じだが、紛れもないノンフィクション(笑)

悪いことをした時、

体罰ってことだったようだが、最初はお尻を手で叩かれて、

あなたのお尻も痛いだろうが、お母さんの手も痛いんだよ

とある意味説得力のある言葉だったが、次第に長い定規へと移行したあたりから、子ども心に「?」の疑問が大きくなっていき、ある時は布団叩きで滅多打ちされてからと言うもの、親から見て悪いことをしたと言う時の体罰が布団叩きでお尻を叩くが定石になってしまった

叩かれるのが嫌で、お尻を隠そうものなら激高して布団叩きで体中、頭と言わず体とか手とか脚とか滅多打ち

子どもが最も慕い、愛情を与えて欲しい「母親」と言う存在から受けたのが布団叩きでの滅多打ちであった

ある冬の雪が舞う日にも、裸で外に出されたりと、今なら確実に児童所に保護されたであろうねぇ・・・・(笑)

段々、心が壊れて行くのが自分でも分かったと言う・・・・・・・・・・


中学校1年のある日

とあることから親子げんかになり、またしても激高して怒る母親に向かって初めて子どもが手を出したのでありました

その事件で母親の肋骨が折れ、救急車が出動する羽目に

肋骨が折れて痛みで転がり回っている母親のその横で大笑いする元子どもの弟は兄を見て、心底怖くて仕方がなかったと言う

あれが、その家族の最初の救急車であったなぁ(笑)


そこからまさに実父の893遺伝子が見事に開花し、「悪のサラブレッド」と呼ばれる事件のオンパレードだった

因縁を吹っ掛けてくる相手を、動かなくなるまで叩いてあげるのを、その子どもが成長した青年のツレの彼女が涙ながらに言いました

どうして、どうしてあそこまでやらなくてはいけなかったんですか

とな

その時の元子どもの言葉は、何の飾り立ても無い、その時の正直な心の声でした

えっ? 喧嘩だったら相手が動かなくなるまでやるもんだろ


幼少期、愛情を求める母親から自分が動けなくなるまで滅多打ちにされた、元子どもの偽らざる素直な認識だったのであったんやねぇ












そう、出来ればこう言ったことは書きたくなかった

まっ読んでいるうちに、「虐待を受けていた元子ども」がわしの幼少期だったと大半の人が気づいたのであろうが、そんな子ども時代でしたよ(笑)

ある時期まで、ホンマに心が「壊れて」おったからねぇ

白バイに捕まりかけた時も、逆に脅してナンバーを控えて◎そうとしたり、今考えてもあまりにも危ない過去だったなぁ・・・・・(苦笑)

悪意を向けてくる相手に対して、ホンマにモノ以下の扱いと言うか、一切の感情を持たずして◎したりできたしねぇ

どうやって戻ったと言うか、今のスタイル、「愛」を第一優先事項に持つようになったかは、やはりそんな狂暴であったわしを大きく優しく包み込んで愛してくれた大お婆様の存在がきっかけだったな

そして、

「大の子ども嫌い」だったわしに、続々生まれてくる我が子たちのと心の交流で、ようやく人並みに「涙」ってものも知るようになったしね

人は人の中でしか生きれないし、また磨かれない

でも、「負」の感情をぶつけられ続けていると、当たり前だけど「正」なる結果は望めないよな

だから、人としてはまだまだかなり未熟なわしですが、自身と「正」なる関係を築いていこうと言う友人たちには出来うる限り誠実には誠実を返すように心掛け、

真っすぐな瞳で愛情を注いでくれる奥・坊、そして娘には、彼女・彼らの信に背かず、自身も真っすぐ返すと言う生き方がわしの今の漢としての筋やね

奥、坊、そして娘や兄弟たち、そして仲間、友人たちがおらへんかったら、わし何ぞただの◎▼Xでしかないからねぇ(笑)

子どもにはまず、何よりも愛情

結局はそれが回りまわって自分にも返ってくるし、世界平和のための小さなできることでもあるしな

R君も、幸せな成功者になって欲しいものだなぁ

追記

そんな少年時代から狂暴な青年期をおくったせいか、今のポジションへの大抜擢も、気合いが入りこそすれ、ネガティブな「逃げ」」的な感情は一切ないなぁ

以前社長にその辺の話をしている時に、

修羅場をくぐってきたので、大抵のことはストレスにも入らない

と言ったところ、

善太郎君の『修羅場』は本当に怖そうだから、聞きたいくない

と拒絶されると言うこともあった(笑)

かも知れませんが(笑)、信には信でお仕え致しますよ

と告げると、本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた

信には信

これが今の漢としてのわしの第一義じゃな

長い曲がりくねった道を通って、ようやく壊れた心も戻ってきたよ

やはり、人には「」が何よりも大切なんじゃろうな





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  1. 2011/02/12(土) 00:06:12|
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Author:善太郎
むかしは「ちょころびっと」ヤンチャ、今は見た目は坊主、中身は神父のような40代のおっさんです。

趣味は招き猫集めが主で、その他は鍛錬一般とか文具集めをこよなく愛する「どこにでもいるような」お坊さんですよ(笑)

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