
正月もど真ん中の感がある
「元旦」の今日、昔お世話になったある
「先生」に久しぶりに挨拶に行ってきた
(▼人▼)とは言え、思い返せば新年の挨拶をするのは初めてのことだったが、
ここ数年色々あって年賀状ひとつ誰にも出さないと言う日々が続いておったのだが、ここにきてちょっと精神的な落ち着きを取り戻してきたので、近況報告を兼ねてちょっとだけ顔を見に行ってきた
(▼∀▼)「
先生」と言っても、別にわしの学校の恩師とかではなく、ホント名前を書くとまた一悶着あるとあかんよって、敢えて割愛しておくが、わしなんぞと知り合いと言うのもおこがましいくらい立派な方である
わしの正の人脈のまさに最高峰の先生は
、御年たしか70を結構越えられておると記憶するが、その眼光とオーラはそこいらのチンピラがすれ違い様小便をちびるくらいのお方と言えよう
σ(▼o▼;) 部屋に通され、平伏して年賀の挨拶をするわしに、優しい笑顔で接してくれた先生にはただ頭が下がるのみであった・・・・・
近況報告の中で、子が3人のくだりになると、破顔して
「善太郎君も、父親ゆずりだねぇ」と言われたあたりは、正直冷や汗がでる思いでもあったが、別段わしを責めるわけでもなく、優しい眼差しであった
漢としての生き方云々は、実はこの先生との会話から影響を受けることが多いのだが、わしが思う親としての漢の生き様を述べたあたりは流石に眼光鋭くなりながらお聞きになり、聞き終わると
「善太郎君、それはある意味不自由な生き方ですねぇ
いつまでその生き方を貫けますかね?」とお聞きになってきたので、
「無論、死ぬまでです」 (▼ ^ ▼)と即答すると、これまた言葉に出来ないような笑顔で
「うん、それでこそ男の子だねぇ」と言うお言葉を頂いてきたよ(でも、わしはどう考えても子じゃぁねぇよなぁ)
(▼ ▼)?新しい年が初まった最初の日に、先生と僅かな時間だけでもお会いできたことは、素晴らしいことであった
怠惰に生きることは犬にでも出来る
(▼_▼メ)人として生まれてきたからには、自らの天命を全うすべきが一番充実し幸せな人生じゃぁなかろうかと思う、今までにない元旦の一日であった
今でも「
今日、このまま死んでも悔いなし」と思うのやが、より一層今年はその思いを強くして、一日一日を生きていくだな
あのひとの こころのたかみに きっといく by善太郎
注:写真は中身とまったくもって関係ない
あまり堅い内容になりがちだったので、ちょっとこの前知った可愛い子の写真を使っておいたよ (▼д▼メ)
- 2006/01/02(月) 00:44:34|
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