王道愉楽記

愉楽とは、「深い喜びを味わうこと。心から楽しむこと。」や(大辞泉参照)、王道とは、「これまた道のど真ん中を歩くと言う、人生感」や。 黙っていても辛いこと・大変なことはあるもんじゃけ、自ら真っ直ぐ喜びを心から楽しむ人生を送ろうやないか!

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原因と結果の法則



年明けての業務、今日で実に2週目に突入したばかりだが、気持ち的には結構経ったような気がするな

今日も一応世間様では休日らしいが、わしにとってはなぁ・・・・
と言うか、成人式であったか

まぁいろいろあろう (▼З▼)

そんな中、昨日は今年は正月明けてからの休みが短かったので、いろんな用事がてんこ盛りに溜っておるよって、そのひとつである 『わしの両親宅に新年の挨拶』をしてきた

と言うか、新年の挨拶を親にしたと言う記憶がない

わしがむかしむかし、ちょころびっとやんちゃであった頃、遠い窮屈な場所に旅行に行く羽目に陥ったあたりから、急速に親子の縁が疎遠になっていった記憶がある

旅行から出てきてからも出迎えにも来てくれなかった親に逆切れしていて、暫く音信不通であったし、今の3人目の坊が産まれた時も、

どこからか産まれたのを聞きつけ、「お祝いを贈りたいから住所を教えて」と言うメールに、

わしのことは死んだと思って忘れてくだされ

と返したものやよって、こっぽどく怒られるなんてこともあったくらいじゃったからな

数年前に坊を連れて家にお邪魔した際、てっきり知っておると思っていた『』が食事中にうっかり袖から丸見えになっており、急速に場の空気が凍りつき、それ以来逆に親の方からもまったくもって連絡がない時期もあったからなぁ

そんなこと全然気にしないわしであったがね

そんな不思議な親子関係であったわしであったが、奥(現:3号)のお陰で、180度変わるくらいに人生が激変してきた

それは、以前このブログにて書いたか?だが、わしの伯父がなんと奥の職場関係の病院に入院しており、それをファミリーでお見舞いに行った後も、奥がちょくちょく伯父のことを気にかけて覘いてくれたことが始まりであった

明るく社交的である奥のことを伯父が大層気に入って

あんな好い娘が嫁とは、善太郎も少しは人間らしくなったに違いない

と勝手に良い想像をしてくれ、それが母(実母)の耳に入ったらしく、またメールとかの連絡が入るようになった

と言うわけであった

ちなみに、わしの奥 旧1号から現3号まで皆すべて素晴らしい絵が体に入っており、特に1号なんぞ和柄だったから勘違いも甚だしいがね

それでも好意を持ってくれたなら、ちゃんと返さんとねのポリシーなので、普通にお話をするにあたり、格好もむかしの片鱗が見えなくなってきた昨今なのと、仕事的にも割と納得してもらえる役職がついておる名刺を渡したので、余計に安心したらしかった・・・・・・

正月休みまっただ中、母からメールが入り、「正月休みはこれますか」とあったので、姫路におったわしは、「翌週の日曜日ならいけると思われます」と返し、昨日の会食へと相成った


その昨日の会食は、今でも小さな感動を覚えている

思い返せば20年くらい前、ちょっとやんちゃ系の会社にお世話になっておった辺りから、両親とまともに話をしたこともなかったのだが、昨日は物凄く良い話ができた

と言うか、わしがあっちこっちからやたら「勉強家ですね」と言われるルーツを見たような気がしたねぇ
とっくに60歳を超えておる母(実母)だが、その歳でIT関係も好きで、とかく新しいもの好きでと言った性格が奥曰く

そっくり!!! あなたの性格ってお母さんがベースなのね

と言われるくらい、例えば毎朝6時に起きて堤防道路をウォーキングしていると言ったこととか、MP3プレイヤーで聖書を毎日聞き、それをノートに書き写していると言った事をを聞いて驚いておった

と言うか、正直わしがビックリした (▼□▼;;

おまけにここ数年の海外の教会関係の旅行の写真も、

わしにではなく何故か奥に見せながら、二人で盛り上がっておったところとかな

コロンビアに行った時の写真とか、メキシコ、フィリピン、アメリカ・・・・・・・

養父が「お母さんには敵わないよ」などと冗談めかして言っていたが、横で聞いていてこっちが驚いたわ

幼少のころ、母は死んだと聞かされていたが、わしが小学二年生の時に再会し、母子家庭で生活していく中で、短気でちょっとばかしバイオレンスな女ってイメージがあったのに・・・・・・・
子供のころ、ボコボコに殴られた記憶もしっかりあるよってなぁ

神父である養父と出会って、恐ろしいくらいの変化じゃったなぁ・・・・・

その後、孫である坊と母とオセロとかトランプで遊び出したあたりから、わしの心の奥底に不思議な感情が感じられるようになっていった

坊、わしの子供のころにそっくりな写真があるよって、その坊が母(は実母)とトランプで遊んでいるのを見て、まるで自分が幼少の時に遊んでもらった記憶がラップしてきよったんじゃなぁ


その後、養父と奥、そしてわしも交えて皆で神経衰弱をして遊びましたとさ

正直家族的な愛なんてものに今一つ、心から頷けるようなものは何一つなかったが、
奥と一緒になっていろんな話をしていく中で、互いに影響し合い、奥の家族想いのところが良い結果をわしの心に育んでいったようやなぁ

奥にはホンマ感謝感謝の帰路であった

良いものを蒔けば良いものを刈り取る

すべての基本やな

しかし、ただ単にわしの昔の職業(?)があかんかったわけでなく、反抗期にかなりひどかったよって、30年以上悪い関係だったんじゃねぇ (≧∇≦)ブァッハハ!

これからは良い種を蒔いていこう

そんな気持ちにさせて貰えた壱日であったなぁ (▼人▼)





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  1. 2009/01/12(月) 09:34:01|
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Author:善太郎
むかしは「ちょころびっと」ヤンチャ、今は見た目は坊主、中身は神父のような40代のおっさんです。

趣味は招き猫集めが主で、その他は鍛錬一般とか文具集めをこよなく愛する「どこにでもいるような」お坊さんですよ(笑)

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