
5月に入っていきなり暖かくなったようで、びっくりや
(▼д▼メ)とは言え、巷のニュースでは終わった感があった「
花粉症」やが、昨日辺りから大分、と言うか症状が軽くなってきたように思う
(▼_▼メ)狂った野獣並みの実の父親を見ておると、わしにとって「花粉症」何ぞ縁がないようにも思っていたが、よくよく考えると確かに母親が花粉症だったので、遺伝子的にしょうがなかったのかもなぁ
(▼″▼)うーん大きな病気は一度もしたことがないわしなのだが、反面怪我は結構多い
最近で一番大きなものはと言えば、「仕事中」で目を落としかけたことかのぅ〜
(▼m▼)プップッ「仕事中」と言っても、半分付き合いみたいなもんなのだがね
!☆O(▼▼メ)o別に目の一個位と思ったし、奥(現;3号)も奥で、
「黒い眼帯とかすれば、見栄えは好いね!」何ぞわけの分からない慰めとかをしてくれたしね
(σ。σ)♪ (▼ ▼)?しかし、その下を向くと眼球がずり落ちてくる感触があった怪我よりも、今の花粉症の方が何倍も性質が悪い
ρ(▼_▼メ)一門内の彫師をやっておる代貸なんぞの例え話で言えば、
「マイクタイソンに一発殴られるのと、小学生にず〜と殴られっぱなしなのとの違い」なのだそうだが、集中力の低下が著しいこと甚だしい
(▼Д▼)お蔭さんで、一番症状の酷いヒノキの発病は、毎年戦争終結後なので、辛うじてセーフなのだが、実に3〜4月は「我慢の月」以外の何者でもない
しかし、そうここで色々考えてみるに、わしがこうしてアレルギーで苦しむのも、何か自分にとって意味を成すことはないかと言うことだった
(▼ ▼)?自分が苦しんでこそ、同じような痛みや苦しみを持つ人が理解でき、そして視野を共有できると言うことじゃぁねぇかなぁと、今は思う
以前何ぞ、3月くらいに鼻を垂らし、目が真っ赤な同輩を見ると
「キタネェなぁ、春やと言うのに風邪か?
気合が入っておらんからや!」凸(▼▼メ)と一喝していたが、今になって思えば「
ちと言い過ぎた」かもだ
人は生きていく中で、何かしらを背負っていく
それをただ単に重荷に思うか、何かの試練(?)と思うかで、きっとゴールを含めた人生が違っていくのとちゃうやろか?
正しいか間違っておるかはさておき、わしはつら〜い花粉症をそう捉えて、毎年何とかイライラから人を○ったりしないように、心がけて過ごしておるんやよ
(▼へ▼)何事も勉強やな、人生は
(▼人▼)
- 2006/05/02(火) 01:20:08|
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