
結局壁紙を元に戻した
(▼_▼メ)福住柔術の練習会で、
梅村選手から「
壁紙が変わって、女の子のブログみたい」と言われてムカついたのもあってだったが、ど〜も今一歩イメージと違っておったしの
また気が向いて、イメージにあったものがあったら変えるだな
(▼З▼)今日は結構忙しい一日であったが、家に帰ると奥(現:3号)が少々ご立腹の様子
大体の用事は言ってあったはずやが、何故に?と聞いてみると、
「
だって、一日中ほったらかしだった」 ときた
(σ ″σ)ムッ!GW、2日から奥の実家の姫路に帰省し、6日までず〜〜〜〜と一緒と言うか、家庭を持っている人なら分かると思うが、相手方の実家に数日泊まると言うプレッシャーにも似たプランを立ててあるにも係らず・・・・
ホンマに女って奴は・・・・・・可愛いもんやのぉ
(▼m▼)プップッタイトルの本題は、結構遡る話なのだが、わしの業務が最盛期の時である3月3日の雛祭りの日に、趣味を超えた趣味である単車倶楽部の仲間が名駅前の式場にて結婚式を挙げた
(>ω▼)ゞ```新郎である彼とはもう12〜13年くらいの付き合いになるのだが、とても男らしく、会って話しをしているだけでも気持ちが真っ直ぐに正されるような、エエ漢や
仲間内でも、こんな真っ直ぐな漢はそうおらへんと言うくらいの、まさに『
好漢』や
そんな奴から、「是非結婚式に出てください」と言われたら、そりゃ出な義理も人情も立たんよって、社内調整を権力でごり押しして式に出させてもらったのは好いが・・・・・
大体式に出ると、口がうまく見えるからなのか、スピーチを頼まれることが多い
ただ、わしの風貌に黒のダブルのスーツはひじょ〜にインパクトがあるらしく、下手をするとデッドボールになりかねない
下手をすると、「あんな友人がいるような奴には、娘を嫁にやれん」と言われたり、そこまでいかなくても親族に新郎の交際関係に危機感をもたれるのも遺憾なので、その日もひじょ〜に考えに考えてスピーチを即興で作って、マイクに向かったのは好いが・・・・
とある農協に務める新郎の、上司である支店長ともわしがお付き合いがあったので、軽い気持ちでその元である当時の支店長がわしに激励のつもりで言った一言で、親族が凍り付いてしまった・・・・
「いいぞ〜、善太郎君!!! や○ざ〜、親分〜」
ここ数年で一番恥ずかしかった式&スピーチだったなぁ・・・・
(▼д▼メ)スピーチの後、新婦のお姉ちゃんとかにフォローの会話に汗をかいたりと、ちょっと大変でもあったが、ひじょうに心温まると共に、楽しい結婚披露宴であったなぁ
仕事最盛期の中、ほっと陽だまりのような一日であった
(▼ー▼)タイトルは、その披露宴の中で歌で新郎・新婦を祝うということがあると思うが、新郎の大学時代の友人が歌った歌のタイトルや
子袋・・・・いや、違う
コブクロの曲らしかったが、恥ずかしながらわしはその『コブクロ』の歌と言うのを始めて聞いた
大体「コブクロ」なんて、わしが昔若い頃に下駄を預けておったところが朝鮮系であったので、頻繁に焼肉屋で食っておったから、どうもうけつけない名前だったしの
歌った子が上手かったのもあったが、とてもいい曲で感動した
やっぱ人生『
愛』やなぁ
- 2007/04/29(日) 23:55:24|
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そう言えば、先週早川代表と中華を食いに行った時に、改めて早川代表のブログに書かれていた「探偵ファイルネタ」を聞いて、ビックリした。
まぁその辺の話はわしにとってとやかく言う問題ではないのだが、早川代表の言われるまま、その試合の動画を見た
ノーコメント やな、うん!
そのコメントしようが無い事件のほんの二日前、TAISHOから謎の着信があった
その数ヶ月前も、土曜日の朝にいきなりワン切をされるなど、不可解な行動があったTAISHOだったが、わしはTAISHO自身も知らない、とある友人の悪事三昧を知っておるだけに、いつもTAISHOから電話があると、そいつがパクられたか?とドキドキしながら携帯に出るのだが、今回は異常にハイテンションなTAISHOの声・・・(?)
わしが名古屋でとあるバイクの倶楽部をやっておると書いたと思うのだが、何とTAISHOがハーレーを買ったという報告の電話であった
以前に電話を貰ったときは、たしかどう言ったものが良いだろうか?と言う相談だったのだが、あれから1・2ヶ月でまさか本当に買うとは・・・・
TAISHO・・・、景気エエナァ〜
思い返せば、ちょうどその日は23日の休日だったので、「練習に来られますか? 来られるのなら、乗っていくから見せれますけど」と言うお誘いの電話であった
しかし、冬はわし大忙しなだけに丁度その日も戦争の真っ只中であったので、とてもTAISHOの言う時間に行けそうも無い
やむなくTAISHOの愛車拝見は次回となったが、知り合い・仲間内でこうやって縁が深まっていくのは本当に嬉しいのぉ〜
TAISHOのTATTOOを彫った彫師なんぞは、大須でと言うよりも日本を代表するタトゥーアーティストなのだが、わしの同級生で奴がブラジルから帰ってきて、まだ店をオープンする前からの付き合いなので、ブラジリアン柔術を知る前から、「蛸の刺青を背負った格闘家」の噂を聞いていたくらいだったからなぁ〜
TAISHO
単車は何よりも事故を起こすと怪我に直結するよって、くれぐれも気をつけて運転してちょ〜だいよ
で、いつかわしのクラブの面々と一緒にどこかにぶらっと行きたいもんですなぁ〜
ただ・・・・・
TAISHOの風貌を考えると、やっぱり危ない奴が増えただけのような気がするのだが・・・・・
わし以外は・・・・・
- 2006/12/05(火) 00:06:05|
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NBJCの仲間内のブログでは、今何と言ってもつるちゃんの「
へたれ逆襲」が面白いの
(▼ー▼)ニヤッ始まったばかりと言う事で勢いがあるし、元から話が上手かった鶴ちゃんなだけに、語り口調の文章もグッドじゃな
(▼_☆)キラーンそんな鶴ちゃんのブログネタに、「
おまわり」ネタがあったので、わしの数多いおまわりエピソードの中から、取敢えず当たり障りのないものを書いてみよう
(▼m▼)プップッ(実弟1号は、昔○走○の仲間とパトーカーを大破さして、公務執行妨害で逮捕されて新聞にも載ったが、わしは無関係)
あれは、今を遡ること4〜5年前の事だったと記憶しておるが、
NBJCの早川代表の日記にも書かれたが、わしと奥(現:3号)はハーレーに乗っており、名古屋のとある倶楽部の代表を務めさせて貰っておる
かなり濃い奴らの集まりなのだが、その倶楽部の仲間と一緒に敦賀にキャンプツーリングをしに行った帰り
北陸自動車道を十数台で走っていたのだが、刀根パーキング辺りを過ぎた辺りから大きな下りのカーブに入るので、気持ちよく走っていたら何か異変を感じ出した
(▼∞▼)くんくん・・・そこらへんは長年走っているので、動物的感って奴だと思うのだが、ミラーを見ると、十数台いたはずの仲間の単車が何故か残っているのが2台のみ・・・・・(?)
そして・・・・、その後ろに見えるのが
ぶたっぱなの白のクラウン(▼□▼;;「
ひょっとして・・・」と慌てて追い越し車線から走行車線に入るも、そのぶたっぱなのクラウンはピッタリ着いてくる・・・・
(▼″▼)うーんと思った矢先、屋根の上に行き成り赤のランプが出現し、マイクで何やら言い出した・・・・・
ギク!( ゜▽゜;)あ〜あ・・・・、やられたよ・・・・
(*x_x)と思って単車を路側帯に止め、覆面から降りてくるおまわりを静かに待っていたのであった・・・・
だが、何故かおまわりは中々車から出てこない(?)
その間に続々、切れていた仲間の単車が集まりだし、わしの周りを囲んだ頃、ようやく遅々としておまわりがやってきて言いました
「君が先頭車だね?」 ゞ(ーー*)おいしかし、その声が震えているのをわしは見逃さんかった
そりゃそうやろ・・・・
ヘルメットを取るまでは、おまわりもきっと暴○族の毛が生えた程度と思っていたようやったが、どう見てもそんな風には見えないし、とにかくガラが悪すぎやった
凸(▼▼メ)凸(▼▼メ)凸(▼▼メ)凸(▼▼メ)凸(▼▼メ) (>ω▼)ゞ``` わしが一番品が良さそうやったしのぉ
(▼∀▼)ノ彡☆おまわりの質問にわしは静かに答えました
「
そうだよ、ごめんね」
(*・人・*)そうして、かれこれ両手・両足の指の数より多い回数の『パトカーへと連行』と相成ったのでありました
( ̄ー ̄〃)ノヾ(≧◇≦。)))))))仕事が残ってるので、続く
- 2006/09/21(木) 23:32:34|
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昨日は朝から早起きしてわしが代表を務めさせてもらっておる、バイクの倶楽部による毎年恒例の高山までツーリングに行ってきたよって、夜は疲れて寝てしまったよ (p。−)ゴシゴシ
年かのぅ (∪_∪)
一応目標としては、連日のアップなのだが、難しいねぇ、ホンマ(#▼□▼#)
カオリ・アナコンダ妹なんぞ、
多い日には2つくらいアップしておるよって、「
とんでもねぇぞ」だよなぁ
(▼д▼メ)人生は自分よりも凄い奴を目標として、地道に行くかのぅ〜 (▼З▼)
さて、その高山なのだが、正式名称は「高山バーベキューツーリング」と言う、うちのバイクの倶楽部にとって、年間最大のイベントなんやな
(>ω▼)ゞ```
今年で実に14回目、つまり14年目を向かえたわけだが、そもそもの発端はわしが倶楽部を創立した時
、「出来うる限りの長い時間を、共に楽しんで生きたい」と言うコンセプトから生まれたんや σ(▼o▼;)
話が見えへんと思うが、10代から20代にかけて、多くのバイク仲間がバイクを降りていったのだが、それは単なる趣味の移行と言うものだったように思う (▼ ^ ▼)
ところが、20代から30代にかけてバイクを降りていく奴の大半は、やはり家族が・・・と言う理由が殆どだった
(ヾ(TーT*)さみしい)
簡単な話やが、余程の器量かパートナーに対する大きな愛情がなければ、自身が共有出来ないことに対しての理解度が小さくなる、と言うことだと思う。 σ(▼o▼;)
(
えらい今回は内容が違うのぅ〜)
よって「年に一度だけは、必ず一緒に楽しめるよ」と言うイベントを設けたわけだが、過去最大で123名が参加すると言う、とんでもないツーリングになってもうたわけやよ (▼□▼;;
41号の大きなカーブで、後ろ(正確には横)を見ても、まだまだずっと自分たちのツーリングの列が走っておると言う、とてつもないこともあったのだが、年々単車を降りる奴が増えて、今年は過去最小人数のランだったんやが、これこそがある意味「漢としての矜持」だったと思う(▼∀▼)ニヤッ
「減ったからあかん」のではなく、「多くの奴らが走れなくなったけれど、自分はまだ走っておる」が大事なんやなぁ (▼ー+▼)ニヤリッ
やっぱり人生は、「やって何ぼ」だよ(▼ ^ ▼)
雨が降り出したりもしたが、気合で走っておったら、給油の時に空を見上げると、何とそこには虹が w( ▼o▼ )w
「神さんは気合入れて走っておる奴に微笑む」、そんな気分にさせてくれた最高の一日だった O(▼∇▼)O
神さん、どうもありがとう な (▼人▼)合掌例え一人になったとしても、わしは単車を乗っておる限り、毎年秋になったら高山の素晴らしい景色を見にやってくるよってな(▼_▼ゞ−☆
来れなくなった時、それはわしが単車を降りる時や (▼_▼メ)
それまで気合一杯入れて走っていくぞ、人生もな (▼ー▼)
『死ぬのなら 単車の上か 腹上死』 by善太郎
- 2005/10/24(月) 23:11:55|
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